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3年間のダイジェスト

バイトがやっていたので、二番煎じながらこの3年間を振り返り。

入学。
期待に胸を躍らせながら、詰襟に袖を通し、これから3年間使う学び舎を見て妄想した日もそう近くはなくなった。

入学当初は、価値観が今とはえらく違っていた。
当時は「その場にいる全員を楽しませる」という信念を少なからず持っていた。しかしそれが「全員」ではなく「多数派」だったことに気付いたのは、バイトと出会ってからだったと思う。

その時は「これ程俺と考え方が違うのか」と神の啓示を受けたかのように全身に電撃が走った。
こんな種類の人間がいるのに「全員を楽しませる」というのは、ただの我儘、いや想像の世界に過ぎなかったのだった。

それから、しばらくはかなり悩んでいたと思う。
己の価値観がかなり揺さぶられていたのは言うまでもない。

2年生へ進級。
この頃は、上記のようなことがあってか何事も上手く行ってなかった様に思う。

この辺りから、しゃしんが熱烈な図書部勧誘をしてきた記憶があるが、あまり自信がない。なんか四六時中「図書部来ようぜ」と言っていた気がする。

バスケもここから3年生にかけては不振だったという外ない。
遅刻の上に遅刻、そして遅刻とチームに迷惑をかけた自覚が全く無かった辺り、反省点は両手両足の指の数には収まらない。多分肋骨の数を足したら足りるくらいだと思う。

2年生最後には副会長としてバイトと生徒会選挙に出馬。
これは本当に、独断で申し訳ないことをしたと今でも後悔の念gひろみちお兄さんだよこんにちわああああああああああああああああああ


血迷うとはこのことだったんだね。
多くの票を得られたものの、遠く及ばず。投票してくださった人には頭が上がりません。

3年生へ進級。
そもそもこの進級自体が割と危うかった。

せんせいとたのしいおはなしをたくさんしたよ。

この時から何故か人が変わったかのように「他人へ尽くそう」という新たな価値観が生まれた。
恐らく多感な時期に色んな先輩や大人と話したり、本を読んだ結果、自分でもよく分からない人格が形成されたのだろう。

という風に今では結論づけてはいるが、多分先生に認められたかったのだろう。我ながら呆れる理由だ。
当時は、大人の評価が欲しかったのだ。
何もかも、上手く行ってなかったから。


とにもかくにもこれを境に、体育大会、文化祭実行委員、甲麓編集委員、骨髄バンク、赤い羽根募金等、色々と首を突っ込んでいった。
こういう場を踏む度に、他人の評価がどうでもよくなっていった自分がいる。良くも悪くも。


そして図書部への(事実上)入部。
文化祭では最後の展示に配置され、模造紙に立体に、全く作る時間がなかったんを覚えている。バイトもしゃしんも多忙だったからだ。

そこで、なまくらや高スペック1年生に助けられながらも、完成。
図書部の展示最優秀団体の喜びを分かちあった。

1月には入試助手に選ばれる。
これが何気に手放しで喜んでいた。
どうでもいいとはいいながらも約1年前の、大人に認められたかった、それが少しでも報われた気がしたから。
断じてツンデレではない。


そこから卒業式までは長いようで短かった。
まさしく光陰矢の如しだ。


この3年間。
長い短いは最早、議論の必要は無い。


ただただ、楽しかった。
辛かったことも少なくはなかったし、これからもあるだろうが、人生において「辛い」というのは「楽しむ」ためのスパイスなのだ。

自分の人生は少なくともスパイスが多くて「辛く」なったりはしない。


色んな先生方に感謝の気持ちを述べたい。
ありがとうございました。

中学部での生活は「楽しかった」に尽きる。



そして、出来ればこれが「人生で一番楽しかった時期」にならないようにしたい。

これからも「楽しく」生きる。
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年中、形の見えない敵と戦ってましたが、最近それが睡魔ということに気付きました。

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